Country Gentleman
日本で知った山クジラの味=C.W.ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

日本で知った山クジラの味

 私が初めて日本へやって来たのは1962年10月のことだ。翌年1月、ドイツ人の友人たちと伊豆半島を訪れ、古い民宿に泊まった。長時間、バスに揺られて宿に着いた途端、度肝を抜かれた。玄関先に鋭い牙を生やしたイノシシがつるされていたからだ。優に100キロはありそうな大物で、褐色の体毛に白いヒゲ、鼻先から血が滴っている。肩のすぐ下の辺りに弾痕が見て取れた。

 友人たちは喜んだ。ドイツ人である彼らにとってイノシシは伝統的な食材だ。しかし、ケルト系ブリトン人の私は驚くばかり。英国では、イノシシは乱獲のせいで何百年も前に絶滅していた。

 そのイノシシが当日の朝早く、宿の裏手の山林で仕留められたと聞いて2度驚いた。生まれて初めて味わう「山クジラ(イノシシ肉)」は絶品で、豚肉よりずっとおいしかった。

 ちなみに、英国でも70年代にヨーロッパからイノシシがまた持ち込まれて、今ではすっかりおなじみの人気食材になっている。私も田舎のパブで「イノシシバーガー」を食べてみたが、なかなかの味だった。

 私が黒姫で暮らし始めた80年当時、この辺りにはイノシシもシカもいなかった。地元猟友会の仲間に聞いても出合った記憶はないという。メンバーの中には、北海道でシカ猟をするための特別なライセンスを取る者もいたほどだ。

 ところが、ここ10年ほどの間に、イノシシもシカもたびたび見かけるようになった。シカ肉は欲しいだけ地元で調達できるし、時折、イノシシ肉のお裾分けにもあずかっている。アファンの森に設置した自動撮影カメラには、シカもイノシシも頻繁に映っており、どんぐりやクリ、地虫、カブトムシの幼虫など餌を探してイノシシが地面を掘り返したり嗅ぎ回ったりした跡もしょっちゅう見かける。思うに、この辺りでシカやイノシシが増えたのは積雪量の減少によるところが大きいが、猟師が激減したこと、里山の薪炭林が放置されてやぶ化したことも影響しているだろう。やぶは動物にとって格好の隠れ場所だ。すぐそばには畑や水田、果樹園があり、住む人のいなくなった家には庭木の柿や果実を求めて、さまざまな動物たちが集まってくる。

アファンの森で撮影されたイノシシ

 見たところ、日本人は「山クジラ」を食べることに抵抗が少ないようだ。シカ肉よりも脂肪分が多いからか、あるいは675年、天武天皇の治世に「肉食禁止令」が公布された際、イノシシは除外されたからか。

 私自身はシカ肉もイノシシ肉も大好きだ。今宵(こよい)、わが家の夕食はシカ肉のシチュー――隣人のヨシオが仕留めた牡鹿(おじか)の肉だ。考えただけでおなかが鳴っている!

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2019年1月 毎日新聞掲載

 

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