Country Gentleman
里山支える「馬耕」の復活を=C.W.ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

里山支える「馬耕」の復活を

 私たちは2頭の馬、雪丸と茶々丸を飼いはじめた。森から間伐材を運び出す「馬搬(ばはん)」と、キャンプ道具や食材などの荷物を馬に運んでもらう「マウンテンサファリ」というプロジェクトのためだ。米国とカナダから馬具と鋤(すき)、鍬(くわ)を輸入した。それに、日本製の鋤も手に入れた。明治時代の古いものだが、何の問題もない。かつては里山の農業を支えていた「馬耕(ばこう)」を復活させたいと考えている。2頭にとってもいい訓練になるはずだ。

 南ウェールズの丘陵地で育った少年時代、地元民の間では「畑を耕す最良かつ安全な方法」についての議論が白熱していた。近代派はトラクターがいいと言ったが、保守的な農民の多くは、斜面でトラクターを使うのは危険だと言って譲らなかった。急斜面でトラクターを使えば、いつ転覆するかわからず、運転者は車体に押しつぶされるからだ。実際、トラクターが改良されるまでは、そうした事故が頻発していた。これに対して、4000年以上も前から農業を支えてきたのは鋤だった。鋤は、1枚ないし数枚の刃を取りつけた大型の農具で、これを引いて土を掘り起こし、畝(うね)を作って作物を植える準備をするのだ。

 馬鍬(まぐわ)は、見た目は鋤とそっくりだが、土を掘り起こすのではなく、細かく砕いてならす農具だ。たとえば、種まきをする前に畑の地ならしをしたり、畝間に植えた種に土をかぶせたりするのに使われる。

 鋤と馬鍬を引くのは昔から動物の役目だった。アファンや南ウェールズでは馬だが、雄牛を使う国も多く、中には水牛やラクダ、なんとゾウが農具を引く国もあった。

 手元にモノクロ写真がある。1968年にエチオピアのシミエン山地で私が撮ったものだ。1人の男性がエチオピア特有の角の短いコブ牛に鋤を引かせて土を起こしている。その鋤は素朴な作りで、何千年も形が変わっていない。男性は、長いムチを使って牛を操っている。甲高い叫びとムチのうなり、その背景にそびえるシミエンの威容とが相まって、ソロモン王の時代にタイムスリップしたような感覚にとらわれたものだ。

 しかし、何よりも印象に残っているのは思春期に見た光景だ。60年以上も前の英国では、畑の土起こしとなると、何百羽ものカモメやカラス、ムクドリが鋤の後をついて回った。輪を描くように飛んでいたかと思うや急降下し、土の中から掘り返されたガの幼虫や地虫、昆虫を一瞬のうちに捕らえるのだ。

 昨今、そうした光景を見られるのは、農薬や石油系肥料を使っていない畑だけだろう。アファンの畑ではワラ、おがくずと馬糞(ばふん)を混ぜ、1年以上熟成させて使っている。そうとも、土の下には地虫やカブトムシの幼虫がどっさり潜んでいるはずだ。

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2018年7月 毎日新聞掲載

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