春の到来告げる、フキノトウ
春がすぐそこまで来ている。雪が解け、木々の幹を丸く囲むように根元の土が見え始め、鳥居川は白く水しぶきをあげて流れていく。だが、かなたの山々は雪化粧のまま。戸隠連山ののこぎり歯のような稜線(りょうせん)は銀色に輝いている。山頂付近には、まだ雪がどっさり残っているのだろう。
オークの根元では、土がむきだしになったあたりをイノシシが盛んに嗅ぎまわっていた。去年のドングリを探しているのだ。厳しい寒さにさらされていたドングリのでんぷんが糖質に変わり始めるため、イノシシにとってはたまらないごちそうだ。以前、春の北海道でクマが同じことをしているのを見た。大きな前足で枯れ葉をかき分けては、ドングリをむしゃむしゃ食べていた。
私たちが心待ちにしているのは、“フキノトウ”だ。雪が消えるとほどなく、湿った土から黄緑色の芽が顔を出す。さや状のがくの中には、小さな球のような黄色い花がびっしり並んでいる。長い茎や大きな緑の葉が伸びるより先に、まず花が育つのだ。ここ長野では、フキの葉は皿くらいの大きさだが、北海道では夏ともなれば傘がわりになるほど大きくなる。
フキは欧米でも一般的な植物だが、私は日本へ来るまで口にしたことがなかった。英国で誰もフキを食べないのは、日本のものとは種が異なるためなのだろうか? フキは英語で「butterbur」という。私は花の色に由来するものかと考えたのだが、実際は、気温が高い夏の間、バターを青々としたフキの葉で包んで保存した故事にちなむものだった。
1981年、長野で迎えた最初の春、私はフキノトウの天ぷらを食べ過ぎて、すっかり体調を崩した。今は、天ぷらで食べる時は数個にとどめているが、春がすぐそこまで来ていることをあの独特のほろ苦さが教えてくれる。
フキノトウを使ったレシピはいろいろあるが、お気に入りを挙げるなら「フキみそ」だろう。まだ花があまり開いていないものを探して持ち帰り、細かく刻んでごま油で炒める。手早く炒めたら、いったん火から下ろしてみそと酒、みりんを加え、ていねいに混ぜる。どの家にもその家なりの作り方があるようで、知り合いのご婦人はかつお節とバターを少々加えるそうだ。材料を一通り混ぜ合わせたら、再び鍋に戻して数分、じっくり火を通す。完成したら、小さめのビンに分けて保存する。フキみそをほんのひとさじ、それだけで酒も、炊き立てのご飯もとびきりうまくなる。冷蔵庫で保存すれば、数週間は楽しめるだろう。
アファンの森にはフキノトウがたくさん生えているので、こんな思いが頭をかすめる――「フキみそと酒」の店でも開こうか!
C.W.Nicol
(訳・森洋子)
2018年4月 毎日新聞掲載