Country Gentleman
北極で今、起きていること=C.W.ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

北極で今、起きていること

 この夏、北極滞在中も8月中旬に長野に戻ってからも、しばしば大雨に見舞われた。とはいえ、米テキサス州などを襲った熱帯性暴風雨のすさまじさとは比ぶべくもない。かの国の大統領は地球温暖化を認めようとしないが、あれだけの雨や洪水を目の当たりにしてもまだ、気候変動を否定するアメリカ人がいるのだろうか? このままいけば、人類をはじめ、地球上のあらゆる生き物にどれほど劇的な変化がもたらされることか。

 1961年、私は北米北極研究所のデボン島遠征に、5人からなる越冬隊の一人として参加。そして、遠征後の62年9月、初めての来日を果たした。それ以後も何度となく北極を訪れているが、デボン島へ足を運ぶのは今回が2度目のことだった。

 61年の夏、デボン島北岸のジョーンズ海峡の海氷は分厚く、補給用の燃料と食糧を積んだ砕氷船が遠征隊のベースキャンプまでたどり着けなかったほどだ。結局、われわれ越冬隊員は、なんとかある物で冬を乗り切るしかなかった。燃料を節約するため、雪や氷を溶かして水を作るのをやめた。ベースキャンプのそばの湖の氷に水くみ用の穴を開けたのだ。

 北極で過ごす初めての夏、私は湖とそこに数多く生息する内陸性の北極イワナの調査をした。冬の間も水くみのついでに魚のサンプリングと計測を行えるからだ。私たちは毎日交代で、20ガロン(約91リットル)のドラム缶いっぱいに水をためてはひいて帰った。私は自分の番がくると、ルアーも忘れずに持参した。釣り糸を垂らせば、夕食用のイワナを難なく釣り上げることができた。

 冬になると、太陽は地平線下に沈んだまま、2月まで姿を現さない。私は穴を覆うようにイグルー(狩猟用シェルター)を作った。風よけになるし、多少は暖かい。しかも、イグルーの中に置いたランプの灯に引き寄せられて、魚が穴のまわりに集まってくる。おかげでひと冬ずっと、少なくとも週に2回はディナーにとれたての魚を味わうことができた! それにしても、あれはまさしく命がけの省エネ――61年から翌年にかけての長い冬は、生涯忘れられないものとなった。

 この夏の再訪では、クルーズ船「オーシャン・エンデバー」号に乗船し、グリーンランドからデボン島を横目にランカスター海峡を通って、コーンウォリス島南端の町レゾリュートまで行けた。風や潮流で移動する大きな流氷は少々厄介だが、北大西洋と北太平洋とを結ぶ北西航路も、今では夏の数カ月間、砕氷船なしで航行可能になった。

 北極の氷が減少していることに、もはや疑問の余地はない。規模の大小を問わず、氷河は解け続けているのだ。今回の旅には日本人の友人たちも同行した。いま北極で何が起きているかをその目で見てもらえて本当によかったと思っている。

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2017年10月 毎日新聞掲載

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