Country Gentleman
長旅へ 身だしなみも大切に=C.W.ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

長旅へ 身だしなみも大切に

 私は今、グリーンランドへの旅支度をしている。現地ではクルーズ船に乗り込み、グリーンランドの壮大なフィヨルドにある集落を目指す。そこから海峡を渡ってカナダのバフィン島、さらにデボン島へ――。

 デボン島は、1961年から62年にかけて北米北極研究所の越冬隊員としてひと冬を過ごした島だ。帰りはチャーター機でトロントからバンクーバーへ飛び、家族のもとを訪れる(5人の孫にも会える)。極地のグリーンランド、カナダへと移動するわけだ。船では乗船客とディナーを楽しみ、お次は丈夫な船外機付きゴムボートに乗り込んで浮氷にはじかれながら海を渡りグリーンランドやカナダのイヌイットたちと会う。旅の間、多くの会談もこなす予定だ。

 というわけで、何を着よう? どんな着替えを用意すれば? おまけに、チャーター機に乗ることも頭に入れておかなくては。持ち込める荷物の量には限りがあるからだ。私は17歳で初めて北極遠征に参加した時から、海外へ行く際は自分で運べるだけの荷物しか持たないと決めている。とはいえ、旅先ではあらゆる人の目に触れ、さまざまな人と会うので、好印象とまではいかなくとも、相手を不快にさせることだけは避けたい。

 

 私は東京、トロント、バンクーバー、北極、いついかなる場所でもタンクトップに短パン、ゴムぞうりといった格好で人前に出ることはない。たとえ船の上でもだ。寒ければ、長年愛用の防寒着を着込みウールの帽子をかぶるが、帽子をかぶったまま食事をしたりはしないし、そういうやからと同じレストランにいることさえ、とても不快に感じる。ドレスコードは多種多様だが、いずれもしかるべき理由があって生まれたものだ。昔ながらの英国紳士は、服でも靴でも「おろし立て」を嫌った。新品のツイードの上着や革靴は、わざわざ召使に身に着けさせ、こなれたところで着るというこだわりがあった。

 過酷な環境で活動する人々にとって、服装は見た目よりも機能性が優先される。だが、服装は自らのアイデンティティーを表現するものでもあり、その意味ではスタイルも重要だ。私自身は、伝統的な英国流かイヌイット流を好む。民族衣装の素晴らしさに魅せられ、日本国民として和服もあつらえたが、身に着けるのはごく特別な時だけだ。

 ともあれ、長期の旅行や遠征で、最も心すべきは清潔さだ。悪臭ただよう人間には、誰だって近寄りたくないだろう! シカの解体、魚の下処理、馬ふんの始末などは、カントリージェントルマンの名に恥じぬ、むしろ称賛に値する行為だと考えるが、私は食事の前に必ずシャワーか入浴を済ませ、ドレスコードのいかんに関わらず、清潔な服に着替えている。

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2017年8月 毎日新聞掲載

カテゴリー
月別アーカイブ
サイト内検索
タグ