Country Gentleman
大地に根を下ろす人への信頼=C.W.ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

大地に根を下ろす人への信頼

 1962年の来日当初、日本語と悪戦苦闘していた私が真っ先に覚えた言葉の一つが「国」だった。行く先々で「国はどこか」と聞かれるたび、「英国(ブリテン)」と答えていた。当時、わが祖国ウェールズの名を知る日本人はいないに等しかったからだ。しかし、和製の「イギリス」という名だけは、断固として拒んだ。ウェールズ人、スコットランド人、北アイルランド人の誰ひとり、自分を「イギリス人」とは認めるまい。私の生まれはウェールズで、イングランドではない。要するに、「祖国」とは誇りと帰属意識(アイデンティティー)の問題なのだ。「英国人(ブリティッシュ)」と呼ばれる分には文句はない。

 さて、コラムのタイトルにある「カントリージェントルマン」とはいかなるものか――。英国紳士? ウェールズや日本の紳士? 女性のためにドアを開けるような人物? いずれもご名答とは言いがたい。

 英語の「country」は「田舎」と訳すこともできる。

 はるか昔から、都会人は農民や牧畜民、林業家、漁師、狩人など自然とともに生きる人々――泥だらけの手をして、汗にまみれて働く人々を、見下しがちだった。しかし、田舎なくして、土地や水源なくして、都会生活は立ち行かない。英国で生まれ育った者にとって、「田舎に住んでいる」と言えるのは誇るに値することなのだ。

 英国では長きにわたり、「田舎」に土地を持たない都会人には選挙権が与えられなかった。暴動や戦争が起きた際、国を守るための人手や馬、食糧を集めることができないからだ。真の誇りとは土地に根ざしたものであり、土地を守り、育む者こそが人々の尊敬を集めたものだ。

黒姫山を望む

 英国の旅先、ことに田舎の高級ホテルで日本国籍のパスポートを出すと、「東京に住んでいるのか」と聞かれることが多い。私が「いや、日本アルプスの長野に住んでいる」と答えると、スタッフの態度が一変する。いい部屋に替えてもらえることもしばしばだ。

 彼らにとって、日本アルプスに住んでいるという事実はとりもなおさず、私が「究極の紳士」であることを意味する。いわゆるVIPや世界を股に掛ける都会人の類いではなく、しっかりと大地に根を下ろした信頼に足る人物、決して宿泊料金を踏み倒したり、不作法な振る舞いをしたりはしない本物の紳士、すなわち、「カントリージェントルマン」であると。

 日本の田舎に暮らして37年になるが、私は日本人の一人として「カントリージェントルマン」たるべく努力したいと思っている。

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2017年3月 毎日新聞掲載

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