Country Gentleman
動物園とカワウソ・カワウソ一家の思い出=C・W・ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

動物園とカワウソ

 生まれて初めて動物園を訪れたのは5歳の時。当時暮らしていた英国イプスウィッチから祖父母の住む北海沿岸へ向かう途中、列車を乗り換える際に寄り道して母がロンドン動物園に連れていってくれた。間近に見る動物や爬虫(はちゅう)類、鳥たち――。瞳の奥をのぞき込めるほど、すぐそばにいる。あの時の感動と興奮は今も忘れない。

 人間の都合や楽しみのために他の生き物を捕らえることの是非は長い間、議論が展開されてきた。この何十年、私は多くの動物園を訪れたが、心躍ることはまれで胸を痛めることが多かった。ただ、一生を通じ野生生物の保護に関わってきた者として、動物園は教育や絶滅危惧種の保存という重要な役割を担っているとの考え方にはうなずける。

 この問題はひとまず置くとして、皆さんにすてきな動物園を紹介したい。山口県宇部市の「ときわ動物園」。公園の中にある小さな動物園は刺激と感動にあふれた場所だ。ドクター宮下こと宮下実博士は研究者として園長として、人生の大半を野生生物にささげてこられた。今も園長自ら来園者を案内してくれる。

 ライオンやトラ、キリン、カバなど大型動物はいない。パンダだっていない! 園内には巧みに設計された四つのゾーンがあり、生息地の自然に近づけた環境を整えることで、動物本来の姿を間近に見られる工夫がされている。

 例えば、池の中の小さな島には本物の樹木が植えられ、シロテテナガザルが高い木の上で枝から枝へと飛び移る様子を観察できる。来園者とサルたちを隔てるのは堀だけ。

 私が何より心を動かされたのはコツメカワウソだった。インド、マレーシア、中国を原産とするカワウソで、私が少年時代に愛した英国のカワウソより小さいものの、共通点は多い。泳ぎや水中での素早い動きに適したしなやかな体、太くて丈夫なしっぽ。小さな丸い耳、まっすぐこちらを見つめる褐色の瞳。好奇心いっぱいのまなざし! 両頰から伸びた硬くて白いヒゲ。

 

 前脚は5本指で、指と指の間には水かきもあり、器用に魚やぬるぬるしたウナギを捕まえ、あっという間に頭の後ろをガブリ。水をはじく体毛に守られ、水中で細かい銀の泡を吐きながら泳ぎ回る。遊び好きなことではカワウソの右に出るものはいない。レスリングに土手滑り、水中鬼ごっこ。自分たちでゲームを作り出す。水球を考案したのもカワウソかもしれない!

 ときわ動物園では水場を設け、コツメカワウソとボンネットザルとの同居展示を行っている。来園者は明るさを抑えた照明の下に座り、カワウソが泳ぐ姿や陸に上がった際のサルを意識した行動などを見ることができる。その様子を眺めながら、私の思いは少年時代へと引き戻されていた。あれは1953年の夏だった。

カワウソ一家の思い出

 13歳の夏のこと。私はある晩、自転車で古い石の橋に差し掛かった。下の小川は緩やかに蛇行し、両岸に枝を刈り込まれた樹齢数百年のヤナギが歩哨のように並んでいた。

 上流の水辺に何かいる。60㌢をわずかに超える身の丈。自転車を降り、欄干から身を乗り出して目を凝らした。するりと水に入った時、尾が見えた。カワウソだ! 胸が躍った。英国では当時、迫害により絶滅寸前だった。

 見つけたのはオス。その後、メスと3匹の子も見た。

 学年末で夏休みが始まるところだった。英国の7、8月は夜10時まで暗くならない。

 私は地元の農場の手伝いに通っていた。退役軍人の農場主をはじめ、奥さんや昔からいるという白髪の農民もみな親切で、2人の息子は友達だった。ブタやウシ、ウマの畜舎の掃除から、ニワトリ、ガチョウ、アヒルの餌やり、ウマの手入れ、まき割りまでせっせと働いた。

 小川は農場の敷地内を流れており、私はカワウソを見ようと暇を見つけては石橋に通った。夕暮れ時、足音を忍ばせて川辺を歩いているうちに母カワウソが子育てをしている巣を発見した。ヤナギの古木の空洞だ。水中の入り口はヤナギの根で隠してあった。

 友達に打ち明けると、彼らの父親から秘密にするよう忠告された。この辺りには面白半分にカワウソを殺す連中もいるから、と。古参の農民は、用心のため「川の民」と呼ぶことにしようと言った。

 私はカワウソ一家がどんどん好きになった。カワウソは夜になると活発に動き出す。眺めていると時間を忘れ、何度も門限を破ってしまった。母は小言では足りず農場主に電話をかけ、遅くまで何をしていたか言えと私に迫った。

 とうとう、けんまくに負けて一家のことを話した。誰にも言わない約束で、観察記録やスケッチまで見せた。

 母はどうしたか。父とパブへ出かけ、2杯目のシャンディを飲み干すと、我慢できずバラしてしまった。息子がどんなに自然を愛しているか自慢げに語った揚げ句、カワウソのことまで……。聞き耳を立てている客もいた。

 1週間もたたないうちに事件は起きた。棒や銃を手にした男たちが猟犬を連れて小川へ行き、カワウソ一家を皆殺しにした。しかも連中はパブで、笑いながらその話をした。友人の農民は何週間も口をきいてくれなかった。母への信頼は揺らぎ、心から許すこともできずじまいだった。

 英国では現在、カワウソは保護動物だ。今もカワウソや田舎のパブが懐かしい。しかし、どんなに好きでも、ただの一度もカワウソを飼おうと思ったことはない。野生動物をペットにすべきではない。

 日本で河川環境がどれほど破壊されてきたか、考えるたびに心が痛む。その過程で、ニホンカワウソも絶滅へと追いやられた。

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2019年11月、12月 毎日新聞掲載

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