芯から温まるクマ肉
私が初めてクマの肉を食べたのは1960年代に北米北極研究所のデボン島遠征に越冬隊員として参加した時。1頭のホッキョクグマがベースキャンプに侵入しようとしたため、やむなく射殺した。ホッキョクグマは肉食獣。撃たなければ私が食われる側になっただろう。
越冬隊の食事は缶詰や乾燥食品が中心でクマ肉料理は歓迎された。ホッキョクグマの肝臓は高濃度のビタミンAを含有し、人体に有害と知っていた私は、間違いが起きないよう氷の裂け目から捨てた。
さて先日、自宅で白ワインを飲みながら森に消えゆく残光を眺めていたら、電話が鳴った。地元の友人からだ。
「クマの肉、いるかい?」
「ああ、もちろん!」
地元の猟友会を抜けて30年になるが、いまだに分けてもらっている。獲物を分け合う習慣は、ほとんどの狩猟文化に共通する。
10分後、彼はまだ温かいクマの肉を袋いっぱい届けてくれた。わなにかかり射殺されたという。胸は痛むが、畑を襲ったクマは大抵、同じ末路をたどる。残念ながら、トウモロコシの味を一度覚えたクマは、脅して放しても懲りずに畑へ戻ってきてしまう。
私たちのアファンの森ならばクマはいつでも歓迎だ。北長野で33年にわたり森を育ててきたが、クマに関する厄介事はただ一つ、ハチの巣を襲い、壊すこと。どうやらハチミツとハチの子にはクマを引き寄せる魔力があるらしい。
ミツバチの巣にやってきたツキノワグマ(アファンの森)
ここに来れば自然の餌がどっさりある。今やクマたちは常連。森では子どもたちや学生を集めてさまざまなプログラムを行っているが、一度も問題は起きていない。普通、クマは人が大勢いるところへは近づかない。姿を見かけるのは大抵、早朝か夕方、私たちが1人でいる時だけだ。
日本のツキノワグマの肉はホッキョクグマほど癖が強くない。地虫や木の実、野菜などを主食としており、他の動物の肉を食べることはほとんどないからだ。その昔、日本の川が産卵のため遡上(そじょう)するサケであふれていた頃は、カナダのクマ同様、日本のクマも魚を食べ放題だったに違いない。河川環境がひどく損なわれるまでは。
地元の主婦の間ではクマ肉は硬くて臭いという偏見が根強いようだ。確かに、ただ火であぶるだけでは革靴並みに硬くなる。私が料理する時はワイン、ハーブや香辛料を使い、軟らかくなるまで2、3時間じっくり煮込む。クマ肉は栄養価が高いので、少し食べれば体が芯から温まる。冷たいビールとの相性は抜群。
これまで老若男女、日本人にも外国人にもクマ肉のシチューをふるまってきたが「まずい」と言う人は一人もいなかった。さて、優に20人前はありそうなクマ肉が手に入ったことだし、九州から客人も来る予定だ。焼酎とも合うと思うのだが。
C.W.Nicol
(訳・森洋子)
2019年9月 毎日新聞掲載
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