大冒険から生まれたジン
1983年、弟のエルウィンが妻と息子、2人の娘を連れてイングランドからやって来た。北長野の我が家でクリスマスと新年を過ごすためだ。義妹もウィーンから幼い娘を連れて滞在中。大人の女性が3人に少女が3人、みんな主役になりたがり、男性陣はうんざりしていた。
私は8歳だったおいのジェームスを連れて抜け出し、黒姫山の白銀の森に分け入り、寝台も炉もあるティピ(円すい形テント)をしつらえた場所まで登っていった。4メートルの積雪に埋もれそうだったが、火を使っても一酸化炭素中毒で命を落とすことのないよう、入り口は絶えず雪かきをし、天井部を開けておいた。
ジェームスと私はかんじきを履いて雪の上を歩いた。私は食料と飲み物を入れたリュックサックを背負い、チャンスがあればノウサギを仕留めてシチューを作ろうと銃を担いでいた。愛犬のアイリッシュセッターが喜び勇んで追ってきた。彼も女性陣から逃げたくて仕方なかったのだ(我が家にはアイリッシュセッターの雌もいて、明らかに彼女のほうがボスだった!)。
ティピにはまきも炭も十分にあり、ランプに燃料、羊皮の敷布団、ダウンの寝袋、ろうそく、鍋にフライパン、皿、マグカップまでそろっていた。居心地は最高。ディナーに私はステーキとポテトを用意し、ジャムプディングを作った。犬は足元で暖をとり、私たちはざれ歌や男同士でしかできない話に興じた。
ジェームスにとって、この「大冒険」は忘れることのできない思い出となった。
5年前に東京を訪れた際、彼はある計画を温めていた。「これからジンのブームが来る。新しいジンを作ろうと思う」。伝統的な英国のジンに独特の風味を加えるとしたら、日本の植物で何かいいものはないかと聞かれ、私は答えた。「青サンショウの実を試してごらん。ジンにピリッとした刺激が加わり、ジュニパーベリーや他の植物の風味も引き立ててくれるはずだ」
出来上がったのは高品質のクラフトジンで値段は高いが私が味わった中では文句なしに最高。和食にも合う。少年時代、伯父の私と過ごした雪山の思い出が、日本との絆を深める何かをしたいと考えたきっかけと、ジェームスは話してくれた。彼にとっても日本は愛する国になっていた。
スコットランドのエディンバラに暮らすジェームスは今、生まれ育った英国や大好きな日本の田舎の自然と関わっていきたいとの思いをかつてないほど強くしている。
「ニコル家のジン」はおいにとって、日本を訪れ、年老いた伯父と酒を酌み交わす格好の口実を与えてくれる。ジェームスはあの夜、ティピで共に歌ったざれ歌のことを母親や姉妹、叔母たちに何十年もの間、一言もしゃべらずに来た。これぞ信じるに足る男の絆だ!
C.W.Nicol
(訳・森洋子)
2019年8月 毎日新聞掲載
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