タヌキにまつわる物語
日本に来たばかりの1960年代初め、私はタヌキにまつわる物語に夢中だった。当時、タヌキは英語で「raccoon dog」と呼ばれていた。北米のアライグマ(raccoon)に感じが似ていたからだろうが、両者につながりはない。タヌキは東アジア原産だが、28年から58年にかけてソビエト連邦(当時)に何千匹も放された。狩りをして毛皮を取るためだ。今ではそれが北欧からフランス、ドイツ、イタリアへと生息地を広げ、生態系に悪影響を及ぼす侵略的外来種と見なされている。
タヌキはイヌ科に属し、私の住む北長野ではよく見かける動物だ。雑食性で、季節や地域によって食べるものが違う。タヌキには決まった場所でフンをするという変わった習性があるので、彼らのトイレを見つければ、そこにたまった骨や歯、毛、昆虫の甲皮や脚、種子などの残骸を調べることで、その食性を比較的容易に知ることができる。ちなみに、天皇陛下(現上皇陛下)は最も高名かつ勤勉なタヌキ研究家のお一人で、長期にわたり皇居にすみついたタヌキのフンを調べ、その成果をいくつかの論文にまとめて発表された。
ここ長野で暮らし始めた頃。ある雪の夜、家に帰ると、台所に一匹の子ダヌキがいた。添えられたメモには、「この子は孤児です。面倒を見てもらえますか?」と書かれていた。当時、地元のハンターの中には、親タヌキを巣穴の奥から引っ張り出して撃つ者もいたのだ。目当ては毛皮とタヌキ汁だ(どうか私の言葉を信じてほしい――鍋にするなら鶏、牛、豚、カキ、とにかくタヌキ以外をお勧めする!)。
日本で野生動物を飼うことは違法だとわかっていたが、目の前の小さな生き物を殺すには忍びなかった。冬を越してから、徐々に野生に返していこうと考えたのだが、これがとんだ問題児だった!
しつけなどできたものではない。靴にスリッパ、あらゆるものが標的。電話線をかじるわ、テレビの配線をダメにするわと、やりたい放題。ついには洗濯機に入り込んで故障させてしまった。うちで飼っていたつがいのアイリッシュセッターの雌が仲良くなろうと近づいたら、悪たれ坊主はその鼻づらをがぶりとやった。結局、この子ダヌキは東京に住む親切な友人のもとで長く幸せな一生を送ったのだが、私としてはタヌキをペットにすることはお勧めしない。
今、気がかりでならないのは、皮膚病のせいで毛が抜け落ちたタヌキを見かけることだ。獣医の友人によれば、恐らくイヌかネコからうつされた「疥癬(かいせん)」で、感染源の可能性が最も高いのは廃棄された使用済みの猫砂だという。毛の抜けた状態は、冬には命取りになる。自然に近い田舎暮らしだからこそ、ゴミを捨てるにも人一倍の心配りが必要なのだ。
C.W.Nicol
(訳・森洋子)
2019年3月 毎日新聞掲載
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