Country Gentleman
人と馬との共生夢見て=C.W.ニコル

C.W.ニコル 森からの手紙

人と馬との共生夢見て

 私は今から50年前、皇帝ハイレ・セラシエⅠ世が治めるエチオピア帝国政府の野生動物保護省の猟区主任管理官として、辺境のシミエン山地に国立公園を創設する任務を与えられた。公園長に就任し準備にあたったが、道路も整備されておらず、学校も病院も警察もなし。電気すら通っていなかった。移動手段は徒歩か、馬やラバだけだった。

 私たちは定期的に現地の巡回をした。山賊や密猟者の取り締まりや公園の地図作製、野生生物と水の調査が目的だ。治安がよくなり安全に旅する環境が整うと、警察は旅行者にシミエン山地への入山を許可するようになった。とはいえ、険しい山で馬やラバを乗りこなすには、乗馬の腕や経験、何より現地の詳細な知識が必要だ。海抜4550メートルにもなる高地では、高山病にかかる恐れもある。夜は冷え込むので防寒着や暖かい寝袋の準備も不可欠だ。

 しかし、こうした厳しい環境にもかかわらず、訪れる人々はシミエンに魅了される。馬やラバとの旅は、冒険の醍醐味(だいごみ)を与えてくれる。自分の五感を駆使し、より多く見て、聞いて、嗅いで、感じることができるのだ。

 1980年、北長野に居を定めた私は、地元の猟友会に入り周辺の山々を歩き回った。車では入れない深部にも足を運んだ。その中には、土地の猟師仲間の案内なしには一生たどりつけなかったはずの場所もある。高みに立って眼下を眺めれば、はるか日本海や富士山の山影を望むこともできた。あの深く心に残る光景は、私にエチオピアで過ごした日々を思い出させた。

 日本では現在、観光業が好調だ。長野にいると、外国人旅行者の多さにそれを実感する。こうした旅行者に、私がかつて味わったような感動的な体験を提供できないかと考えていた。普段、人が立ち入らないところまで分け入って、日本の自然の素晴らしさを知ってもらいたい。それも身軽で快適な旅がいい。日本には古来、馬文化があるから、それを現代によみがえらせ、大型観光バスではたどりつけない自然に触れてもらおう、と。そんなツアーを「マウンテンサファリ」と名づけた。

 私たちは2頭の馬を買い入れた。「マウンテンサファリ」の荷物を運ぶのにひと役買ってもらうためだ。野外料理で使う鋳鉄製のダッチオーブンも自分で抱えていく必要はない。たき火をおこせば、私自ら料理に腕をふるえる。ゲストには馬と触れ合いながら、山歩きを楽しんでもらう。キャンプ場に到着したら、おいしい食べ物と温かい飲み物が待っている。まずはアファンの森の散策から始めるが、いずれは1泊旅行も考えている。快適なテントに泊まり、夜は簡易ベッドで眠るのだ。

 いつかまた、人と馬とが共生する暮らしが復活し、風景の中に溶け込む馬たちがいる。そんな夢を描いている。

C.W.Nicol

(訳・森洋子)

2018年11月 毎日新聞掲載

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