昔は隠れ家、今は食卓の定番
ワラビはシダ植物で、南極大陸を除くすべての大陸に分布する。ここ長野のアファンの森にも生育しており、50センチ程度にまで成長、一本の葉柄から大きな三角形の葉を伸ばし、地下茎と胞子によって繁殖する。英国で過ごした少年時代、私はワラビの茂みで遊んだ。少年の背丈なら楽に隠れる高さがあり、そこにはアナウサギや小鳥たち、ときにはヘビまで潜んでいた! 当時は夏になると、仲間といっしょにワラビで隠れ家を作ったものだ。まっすぐでしなやかな枝を集め、地面に円を描くように突き立てていく。それらをたわめて、てっぺんで一つに束ねるのだ。こうして簡単な骨組みを作ったら、それを覆うように青々として良い香りのするワラビの葉を何枚も重ねた。
ところが、英国では、この二、三十年でワラビがすっかり悪者にされ、あらゆる方法で駆除されている。除草剤はもとより、「ワラビ撃退マシーン」なる大型ローラーまで登場した。英国のワラビは繁殖力が強く、牧草やヒースといった湿原の植物の貴重な生息地を奪ってしまうからだ。
問題の一端は、家畜がワラビの若芽を踏みつぶさなくなり、繁殖に歯止めがきかなくなったことにあるようだ。この30年ほど、英国の家畜は口蹄疫(こうていえき)などの流行で壊滅的な打撃を受けた。伝染病のまん延を恐れるがゆえに、牛も、羊も、馬も、昔のように湿原を自由に歩きまわることは許されなくなったのだ。
こうした事態に対処するには、国民ひとりひとりが環境の番人となること。怪しい薬剤に頼るのではなく、手間を惜しまず、他の生命を思いやりつつ、自然の賢明な利用とバランスのとれた保全を目指すこと。これに尽きると私は思う。
長野には少年時代の記憶にあるような丈の高いワラビの茂みはないが、代わりにササやぶが大きな顔でのさばっている。ここアファンの森の一部は、第二次世界大戦後、野菜畑を作るため、木々が伐採された。だが、やがて畑は放置され、ほどなくササの生い茂るやぶとなった。密集したササは若木や他の植物が育つ余地を奪ってしまう。そこで、私たちはササを刈り取り、苗木を植えた。それから3度、ササを刈る頃には、若木の高さがササを追い越し、存分に日差しを浴びられるようになった。わずか数年で形勢逆転したが、私たちはササをあえて根絶しようとはしなかった。なぜなら、ササもまた在来種なのだから。
少年の頃、青々としたワラビが大好きだった。子どもや他の生き物に隠れ家をくれた。今の私にとっては、ワラビはおいしい食材であり、下ごしらえも自分でする。日本へ来るまでワラビを口にしたことはなかったが、今では晩春から初夏にかけて、わが家の食卓の定番だ。
C.W.Nicol
(訳・森洋子)
2018年6月 毎日新聞掲載
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